つながり

最近奇妙な事件が多い。この先どうなっていくのだろうか?

私たちが生活を営む上で、人と人とのつながりはとても重要である。

しかし、家族や地域におけるつながりがどんどんと失われ希薄になっている。

一方、パソコンや携帯電話などのツール使ったつながりを求める傾向にある。

家族や地域におけるつながりは、愛あるつながりである。

ツールを介したつながりは、怖れからのつながりではないだろうか?

是非、愛あるつながりを求めたいものである。

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記憶からくる思い込み

最近視力が落ち、遠くのものが見難くなった。

しかし、日常生活では、テレビの小さな文字が見辛いくらいで、それ程大きな使用は無いと思う。ただ焦点が合うまでに、結構時間を要している。

だから、ゆっくりと時間をかけて見つめれば、視力は1.0弱~0.8くらいなのである。

でも、自分としてはすごく視力が落ちたような気がして、メガネを作りに行った。

眼鏡屋さんで、はっきりとは言わないまでも、この視力で作るの?と云う雰囲気。

絶対値的には、確かに裸眼で過ごしている人が多いのであろう。

私の場合は、絶対値の視力ではなく、以前見えていたのに、と云う想いと焦点が合うのに時間が掛かる事が、もどかしくて仕方が無いのである。

長期にわたる慢性疼痛が、痛みの閾値を押し下げてしまうのに似ている。

実際は不自由していないのに、とても不自由と思い込んでしまっている。

ここまで見えて当然と云う範囲を少し書き換えれば、想いも焦燥感も変わるのであろう。

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60%にまで回復

早明浦ダムの貯水率が60%を越えた。

これで取水制限が解かれる様である。

しかし、本当に大丈夫なのだろうか?

来年の2月頃に、再び厳しい状況に陥っているかもしれない。

この60%とと云うのも、分母が冬ヴァージョンで小さくなっているらしいし。

年金問題やら金融不安やらで、将来が不安と言う。

さて水の将来に対する不安はどのように受け止められているのだろうか?

一人ひとりの心がけが大切である。

そう、台風による一発逆転ではなく、少しずつ少しずつ降り貯めた結果の60%なのだから・・・

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生きる目的は何?

最近起こっている出来事は非常に不可解である。

政治家も、お役人も、殺人犯も詐欺師も、果てはおじちゃん、おばちゃんたちも。

何のために生きているのだろう?

この数日間、自分自身に何度も何度も問うてみた。「生きる目的は?何のためにこの世に生を受けたのか?」

お金を持ち、自分の感情が満たされる事が一番の目的ではない筈である。

生まれる前から、この世を去るまでの命と幾度も寄り添ってきた。

亡くなるその瞬間に、走馬灯のように駆け巡る我が人生を眺め、その存在意義を誇れる自分であったら好いと・・・

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Yes We Can

『Yes We Can』オバマ次期米大統領の演説で何度も繰り返された。

呪文の様に頭の中をぐるぐると廻っている。

暗示効果がありそうだ。

一人ひとりの魂が呼び起こされ、『CHANGE』に向かって邁進する。

断固たる意志。『Yes We Can』

朝令暮改の我が国の政治化にも見習って欲しいものだ。

しかし、大切なのは一人ひとりの決意。

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子どもの頃の自分

子どもの頃の自分。

断片的な記憶の中で、今の自分と比べてみる。

いつの頃から、今のように変わって行ったのか?なぜこんなに変わってしまったのか?

潜在意識の中にさり気に刷り込まれた否定的言葉、知らず知らずのうちの思い込み。

子どもの頃に戻って、その時の視点で今の自分を眺めてみる。

今よりずっと純粋だった意識を通して、自分を眺めてみる。

必要ならば、その視点で軌道修正してみよう。

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年寄り神輿

欲が離れ清らかになったお年寄りが担ぐ『年寄り神輿』・・・

テレビから流れてきたこのニュースが、妙に耳に残った。

ハテさて、この神輿を担げるのは誰?

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チャンス

今のご時世、色々考えさされてしまう。
お先真っ暗と、落ち込んでしまいそうになるけれど、本当に大切なものは?真実は?と、自分に問うてみる。
変われるチャンスかもしれない。
そうすれば、光が射してくる。

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自由

石の壁が監獄を作るわけでも、鉄の棒が檻を作るわけでもありません。

何も知らず活気のないマインドが、隠遁するための檻を作るのです。

もし自分の愛と魂の中に自由があるなら、わたしは自由になるでしょう。

天を舞う天子のみがそのように自由なのです。

                              リチャード・ラブレス  

自由も不自由も、自分の中にあるという事でしょうか・・・

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魂の目的

連日、信じられないような出来事が報道されている。

厚生年金の改ざんや自治体の不正経理等は、性善説が遥か昔から崩れていたのかと、別な意味でもショックである。

殺人から詐欺、食品の危機これからどうなっていくのだろうか?と不安が募るばかりである。

犯罪~犯罪すれすれの事が、石ころのように転がっている。

しかし、罪悪であるかどうかは首謀者自信が決めれば良い事である。

彼らは何を目的に生きているのであろうか?

目先の利益や、優越感に悦に入っているのだろうか?

本当にそんな事を求める為に生まれてきたのだろうか?

真実が暴かれつつある今、すべての人が渦中に居るのである。

今、魂の声に耳を傾ける時ではないだろうか?

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