心と体

つながり

最近奇妙な事件が多い。この先どうなっていくのだろうか?

私たちが生活を営む上で、人と人とのつながりはとても重要である。

しかし、家族や地域におけるつながりがどんどんと失われ希薄になっている。

一方、パソコンや携帯電話などのツール使ったつながりを求める傾向にある。

家族や地域におけるつながりは、愛あるつながりである。

ツールを介したつながりは、怖れからのつながりではないだろうか?

是非、愛あるつながりを求めたいものである。

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記憶からくる思い込み

最近視力が落ち、遠くのものが見難くなった。

しかし、日常生活では、テレビの小さな文字が見辛いくらいで、それ程大きな使用は無いと思う。ただ焦点が合うまでに、結構時間を要している。

だから、ゆっくりと時間をかけて見つめれば、視力は1.0弱~0.8くらいなのである。

でも、自分としてはすごく視力が落ちたような気がして、メガネを作りに行った。

眼鏡屋さんで、はっきりとは言わないまでも、この視力で作るの?と云う雰囲気。

絶対値的には、確かに裸眼で過ごしている人が多いのであろう。

私の場合は、絶対値の視力ではなく、以前見えていたのに、と云う想いと焦点が合うのに時間が掛かる事が、もどかしくて仕方が無いのである。

長期にわたる慢性疼痛が、痛みの閾値を押し下げてしまうのに似ている。

実際は不自由していないのに、とても不自由と思い込んでしまっている。

ここまで見えて当然と云う範囲を少し書き換えれば、想いも焦燥感も変わるのであろう。

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60%にまで回復

早明浦ダムの貯水率が60%を越えた。

これで取水制限が解かれる様である。

しかし、本当に大丈夫なのだろうか?

来年の2月頃に、再び厳しい状況に陥っているかもしれない。

この60%とと云うのも、分母が冬ヴァージョンで小さくなっているらしいし。

年金問題やら金融不安やらで、将来が不安と言う。

さて水の将来に対する不安はどのように受け止められているのだろうか?

一人ひとりの心がけが大切である。

そう、台風による一発逆転ではなく、少しずつ少しずつ降り貯めた結果の60%なのだから・・・

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生きる目的は何?

最近起こっている出来事は非常に不可解である。

政治家も、お役人も、殺人犯も詐欺師も、果てはおじちゃん、おばちゃんたちも。

何のために生きているのだろう?

この数日間、自分自身に何度も何度も問うてみた。「生きる目的は?何のためにこの世に生を受けたのか?」

お金を持ち、自分の感情が満たされる事が一番の目的ではない筈である。

生まれる前から、この世を去るまでの命と幾度も寄り添ってきた。

亡くなるその瞬間に、走馬灯のように駆け巡る我が人生を眺め、その存在意義を誇れる自分であったら好いと・・・

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Yes We Can

『Yes We Can』オバマ次期米大統領の演説で何度も繰り返された。

呪文の様に頭の中をぐるぐると廻っている。

暗示効果がありそうだ。

一人ひとりの魂が呼び起こされ、『CHANGE』に向かって邁進する。

断固たる意志。『Yes We Can』

朝令暮改の我が国の政治化にも見習って欲しいものだ。

しかし、大切なのは一人ひとりの決意。

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子どもの頃の自分

子どもの頃の自分。

断片的な記憶の中で、今の自分と比べてみる。

いつの頃から、今のように変わって行ったのか?なぜこんなに変わってしまったのか?

潜在意識の中にさり気に刷り込まれた否定的言葉、知らず知らずのうちの思い込み。

子どもの頃に戻って、その時の視点で今の自分を眺めてみる。

今よりずっと純粋だった意識を通して、自分を眺めてみる。

必要ならば、その視点で軌道修正してみよう。

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年寄り神輿

欲が離れ清らかになったお年寄りが担ぐ『年寄り神輿』・・・

テレビから流れてきたこのニュースが、妙に耳に残った。

ハテさて、この神輿を担げるのは誰?

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チャンス

今のご時世、色々考えさされてしまう。
お先真っ暗と、落ち込んでしまいそうになるけれど、本当に大切なものは?真実は?と、自分に問うてみる。
変われるチャンスかもしれない。
そうすれば、光が射してくる。

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自由

石の壁が監獄を作るわけでも、鉄の棒が檻を作るわけでもありません。

何も知らず活気のないマインドが、隠遁するための檻を作るのです。

もし自分の愛と魂の中に自由があるなら、わたしは自由になるでしょう。

天を舞う天子のみがそのように自由なのです。

                              リチャード・ラブレス  

自由も不自由も、自分の中にあるという事でしょうか・・・

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魂の目的

連日、信じられないような出来事が報道されている。

厚生年金の改ざんや自治体の不正経理等は、性善説が遥か昔から崩れていたのかと、別な意味でもショックである。

殺人から詐欺、食品の危機これからどうなっていくのだろうか?と不安が募るばかりである。

犯罪~犯罪すれすれの事が、石ころのように転がっている。

しかし、罪悪であるかどうかは首謀者自信が決めれば良い事である。

彼らは何を目的に生きているのであろうか?

目先の利益や、優越感に悦に入っているのだろうか?

本当にそんな事を求める為に生まれてきたのだろうか?

真実が暴かれつつある今、すべての人が渦中に居るのである。

今、魂の声に耳を傾ける時ではないだろうか?

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産科救急の問題

またまた、搬送受け容れ拒否により不幸な結果を招いてしまった。

このような事件が起こると、原因は何かと議論が起こる。

しかし、議論だけで何か改善されているのだろうか?

マンパワーの問題、給与の問題、研修制度の問題、過酷な勤務状況etc.・・・

色々あるけれど、決して表には出ない問題の方が大切かも。

医者も心を持っている。

オートマティックシステムのように、機械と燃料が充足していれば良いというものではない。

しかし逆に、機械が不足しても、燃料が少なくとも、頑張れる事だってあるのだ。

本質は何処にあるのか?本当に立て直せる日が来るのだろうか?

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パンを詰まらせ・・・

こんにゃくゼリーが製造中止と云うニュースの記憶がまだ新しい。

こんにゃくゼリーを目の敵にして、問題は解決するのだろうか?と疑問に思っていた矢先、小学生が給食のパンを喉に詰まらせた、と報じられた。

食べ物を悪者にするのか、食べ方、咀嚼を問題にするのか?

高齢者になると咀嚼機能が低下する。また現代社会では軟らかい食べ物が多くなり、若い世代でも、咀嚼がおざなりになっている。

どんなものをどのようにして食べるか、日常の中でどう身につけていくのか、それこそが大切な問題ではないのだろうか。

しかし、家族が揃って食事をするという場が減ってしまっているのだろうか。

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結局は自分

思い通りにならない事態に、悶々とする。

後一歩踏み出せずにいる自分にイライラ。

どんな素晴らしいアドバイスを貰っても、結局は自分が動かなければ、事態は変わらない。

本当に望んでいるのか?何事にも動じない決意なのか?

ダイエットも、メタボも、病気も、心のどこかに「まっイイか」なんて・・・

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芋掘り

第二京浜道路建設予定地の保育園の菜園で、行政代執行が行われた修羅場が出れ美で報道されていた。感情に流されてみると、なんて無常な・・・、と一瞬思ってしまうが、どちらに非があるのか、あれだけの報道では分からない。映像が無くて、さらっと流されていたら、何の感情も湧かなかったであろう。事の是是非は横に置いといて、テレビに映ったサツマイモは丁度食べ頃に見えた。あんな修羅場を演出しなくても、前日にでも収穫して、皆で食べていれば、足で踏みつけ、踏み倒す場面を子供達に見せずにすんだのに。無駄にせずにすんだのに・・・。本当の心は何処にあるのだろうか?

報道の野望だったり、親の野望だったりが目に付いてしまうのはなぜだろう。

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信じる心

神無月に出雲を廻ってきた。

出雲は今、神在月である。

神様の存在を信じるか、信じないかは人それぞれであろう。

しかし、自分自身の中にも神性はあり、自分自身を信じる事で、自分の中からパワーを引き出すことが出来るのであろう。

自分自身を信じ、又、自分を加護してくれる力があることも信じること。それを実感させて頂くに十分な出雲の旅であった。

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金融不安

最近、久しぶりにお店に行くと、以前覚えていた値段より、ずっと高くなっていてビックリすることがしばしば。

そこに、株価の暴落、ドル安、企業の倒産etc.・・・

今のビックリなんかきっとカワイイくらいで、そのうち仰天することになるのだろう。

ただ、この金融不安の波を乗り越えて、本当に大切なものに気付くことが出来れば、今の混乱も有意義な試練である。

私たちの中で、お金の持つ重要性が大きくなるにつれ、世の中が変容していった。

人間関係、家族関係までも移り変わって行った。

立ち止まって考えても良い時期ではないだろうか?

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腰痛

昨日、NHKスペシャルで「腰痛」が取り上げられていた。

痛みは我々の感じる最も避けたい感覚の一つである。

しかし、それはカラダの悲鳴でもある。

文化的生活の中で、歩行する機会があまりにも少ない現代人。

そして、複雑な人間関係や、リラックスすることが困難な日常。

全てが腰痛に繋がっている。

しかし、これは自分自身が気付けば、心掛ければ、変える事の出来る部分でもある。

痛みの原因に耳を傾けてみよう!

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内部告発

最近の事件のほとんどが、内部告発により摘発されている。

自分自身の中の良心とか、監視機構とかは作動していないのか?

子どもの頃、「お天道様が見ているから、恥ずかしいような事をしてはいけないのだ」と良く言われて育った。

そう諭していた人達と、同年代の人達が引き起こしている事件。

内部告発と云う形でしか、正すことが出来ないのであろうか?

拝金主義のはびこる中、人を大切にすることを忘れてしまったのだろうか?

そのつけが内部告発として帰ってくる・・・・

人の心を蝕むのはお金だけではないようで、東大の水田で使われていた水銀入りの農薬は、お金儲けのために成されたわけではないが、やはり人の大切さを忘れている。

自分の周囲にいる人々を騙して、自分は幸せになれると本気で考えているのだろうか?

そう、お天道様は見ているのである。隠しおおせるものでは無いはずなのに・・・

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マニュアル化って・・・

インターネットをしていたら、何かの接続のアイコンを触っていたら、突然接続が遮断され、繋がらなくなってしまった。

あまりにも無知な私には、いつも見えているアイコンが消えているのであるが、それが何なのか解らず、結局プロバイダーのカスタマーサービスに電話をすることにした。(ちょっと情けないけれど・・・)

一通り状況を説明したが、接続の確認はモデムからと言われ、高い位置にある配電盤の中に組み込まれているモデムと格闘。(困難な状況なのでと説明したが聞いて頂けず・・・)

その後、接続の設定に。その時もう一度アイコンの話を持ち出したら、一瞬の間の後、そのアイコンの確認。本来「接続なし」が「接続」になっていたのだ。それにて、一件落着。

私のように無知なクライアントにとって、カスタマーサービスはとても有難い存在である。しかし、何かロボットと会話しているような違和感を持ってしまう。個々の状況にはお構いなしで、1から全て確認していく。取りこぼしが無く、確実なのかもしれないが、感謝の気持ちより、妙な虚しさが残ってしまった。(自分の無知さ加減を棚上げし、スイマセン)

確実な対応と、人間的な対応は並び立たないのであろうか?

サービスの心とは、いと難しきもの。

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魂の修行

『怒りや不機嫌と共に、恐怖、迷信、独断、虚栄心、功名心、好奇心、饒舌など、さらには身分や清や人種のような外的特徴から人を区別する態度もまた克服されねばならない。われわれのじだいには、このような魂の特性を克服することが認識能力の向上に関係があるとは考えにくいであろう。市k氏すべての神秘学者は知性の拡大や不自然な修行の実践よりも、このような特性の克服の方がはるかに重要であることを知っている。』

シュタイナーの「いかにして超感覚的世界の認識を獲得するか」の一説である。

特別な行為よりも毎日が何よりの修行と云うことでしょうか。

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二人の引退表明

今日、陸上短距離の朝原選手と、王ソフトバンク監督の引退が明らかになった。

朝原選手は短距離選手としては厳しい年齢だったと思う。しかし、そのひた向きさで、北京オリンピックで銅メダルを獲得した。

王監督も体力的に限界を感じながらも、日本球界を引っ張ってきたと思う。

私はスポーツにはあまり詳しくは無いが、お二人の活躍には、真剣で一途な心が透けて見えるようであった。

第一線から退かれることは寂しいが、今後も背中は大いに語ってくれるであろう。

ひた向きに挑戦する姿を忘れることは無いだろう。今忘れかけられている大切なものを思い起こさせてくれそうである。

お疲れ様でした。

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新総裁決まる

短期間にコロコロと自民党総裁が代わり、今日新たに麻生氏が総裁の席に着いた。

今のご時勢では期待されるものもかなり大きいかもしれない。

しかし、どんなに政治が頑張ったところで変えられないものがある。

人の心である。今起こっている様々な事件。政治でも法でも規制することは至難の業。

自分の心は自分でしか支配できないのである。

日本の象徴とも云えた『和の心』は何処に消えてしまったのだろうか?

『善』に光が当たる政治を期待したいものである。

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台風が過ぎて

各地に爪あとを残しながら台風13号が去った。

今日は台風が過ぎ去り、夏のような暑さ。

望まない所にはこれでもかと、待ち望んだ所にはお湿り程度で終わってしまった。

人々の欲望など本当に身勝手なものである。

最近の自然現象は、意図を持った生き物のように、私達をあざ笑っているように思われる。

何事も努力と感謝なしには、想いは叶わない。

世の中、不安定なことばかりである。しかし、それこそが、学びの時期なのかもしれない。

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お金に支配される心

今の物質社会で「お金」無しには生活は成り立たない。

しかし、お金はあくまでツールであったはずなのに、心まで支配してしまっている。

度重なる偽装事件。お金を得る為に、「信頼」「心」を売り渡してしまったのか?

だた、表面化したものだけを責める気にはなれない。その想いは氷山の一角で、水面下に沈む遥かに大きな想いが潜んでいるからだ。

自分自身にとって大切なものは何だろう?信じられるものは何だろう?

自分自身の中でも見失っていないだろうか?

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今夜の満月は・・・

今夜は満月。でも生憎の雨で、満月を見ることは叶わなかった。

しかし、今の水不足の状況では、雨はとても有難く、文句など言えない。

危機的な状況まで追い込まれても、いつも台風などの雨に救われてきた。今回もこの雨で少しは、と期待したが、まだ早明浦ダムの貯水率は0%の様だ。

台風が接近している状況で、改善の見込みはあると思うが、今回の台風は進行速度はゆっくりな様で、被害が拡大している。

早明浦ダムを潤してくれる雨はノドから手が出るほど欲しいが、やはり被害が出るのは心配である。

水害がこれ以上出ないように、台風の勢力が弱まるように祈りたい。そしてまた、自然のもたらしてくれる恵みに感謝したい。

自然のもたらす被害と絶大なる恵みに対する畏敬の念を、いつも心に留めおきたいものである。

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事故米の転売

最近の事件は想像を絶するものがある。法律だけで規制するのには限界がある。

一体何が目的なのだろうか?

お金さえあれば良いのだろうか?本当に幸せになれるのだろうか?心は満たされるのだろうか?

濁った池の中では法による規制は微力なのであろう。

1人1人の想いの力で清らかな水に浄化していかなければ・・・

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自分の中にある恐れと疑い

与えられた愛に気付かず、応えにも気付かない。

与えられていないわけではなく、自分の中にある恐れが疑いが、素直に受け取る心を閉ざしただけ。そして更に不安は募る。

解決の方法は、自分の中にある恐れに気付き手放すこと。

その時癒され、新しい世界への扉が開かれる。

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時の流れに・・・

毎日さりげなく時は過ぎていく、好むと好まざると。

その時は全く気付かなくても、後から振り返ると全てが繋がっている。

これの目的を果たす為に、全てはあったのか?と。

しかし意識しなければ、気付かずにやり過ごし、意味を知らずに済まされることもあるだろう。

その流れの中でのタイミングもとても大切な様である。

タイミングがずれると結果が出なかったり。

人生って不思議である。大きな大きな意図を感じる。

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姿勢

最近、イメージでチャクラの状態を整えた。

不思議なことに背筋が伸びたように思う。

蓮華座で瞑想しているとき、ちょっと猫背のようで胸が重苦しい雰囲気があった。

ちょっとしゃんとした感じ。自分のイメージだけの世界かもしれないが。

目に見えないものが肉体を支配している。

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人の心

他人の心が読めなくて苦労する、自分の心ですら十分に掴めないのであるから、当然と言えば当然である。

私には、いつの頃からか、「冷え」と「むくみ」が取り付いていた。漢方や波動水を試してみたが、いつも更にむくみがひどくなる。効果が無いのではなく、悪化する。あっという間に1~2キロ体重が増えてしまうのである。今では、それがむくみなのか?太ったのか?自分でも分からなくなるほどである。しかし、ある日ひらめいた。これは、薬等で治るものではなく、心の叫びではないかと・・・。気付きが必要なのだと。そこにあったのは、『怖れ』。

ただ、『怖れ』と言っても色々あるが、それについては潜在意識を読み取っていかなければならないが。

自分の中で意味も無く引っ掛かっていた感情が、納得出来、ある種の平穏が訪れる。一朝一夕に解決されるものではないが、身体はとても雄弁である。

本気で自分を見つめようとする意志があれば、機会は訪れる。

振り返れば不思議なご縁で導かれているように思われる。感謝である。

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二百十日

「二百十日」台風襲来の特異日である。日本各地で豪雨に悩まされている中で、台風を待ち望んでいるなど大きな声で言えるわけもないが、「台風が来てくれれば」とひそかに香川県民は期待しているに違いない。

3年前の干ばつの際は、一つの台風で救われた。

今回の水不足でも緊迫感があまり感じられないのは、その時の味を占めたからだろうか?

台風が来ても香川はほとんど被害が出ず、早明浦ダムに水が貯まるため、安易に「台風が来れば・・・」と言わしめるのであろう。

早明浦ダムの貯水率が0%になった今でも、あまり緊迫感のない状況で、本当に雨が降らなかったらどうなるのだろうか?自然現象は予想不可能で手強い事を、目の当たりにしたばかりではないか。

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今を生きる

人は将来を憂い、過去を悔やむ。

しかし、今を必死で生きているのだろうか?今出来る精一杯のことをしているのだろうか?

今がなければ未来などありえない。今が幸せなら、過去にそれ程、引っ掛かることもないであろう。

心配する時間も、後悔する時間も今を生きる為に使おう。

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遂に・・・

遂に早明浦ダムの貯水率がゼロに。

しかし、このような状況でも何故か緊迫感が感じられない。

発電用水が緊急放水されることが分かっているから、生活は変わらないと思っているからだろうか?

自主減圧の呼びかけも、限りなくゼロに近づいてから行われた。

そのうち秋雨や台風で潤うと思っているのだろうか?

しかし、最近の天候は人の科学の予想を遥かに超え、裏切り続けられている気がするのだが・・・

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バスソルト

昨日、アロマトリートメントを受けたときに、バスソルトを薦められた。天然塩と精油をブレンドしたものであるが、これを入れて入浴すると、すごい発汗作用があると。

しかし、元来汗をあまりかかない体質なのである。今年は少し改善しているものの、サウナに行っても岩盤浴に行っても、あまり汗が出ず、かえって水を飲むので、身体が重たくなるくらいである。

どうかなぁ?と思いつつ試してみると、2~3分位で発汗が始まり、5分後には玉のような汗が。サウナや岩盤浴より早い。アロマの香りもリラックス効果を高めてくれる。何と言っても、自宅でゆったりと出来ることが良い。バスソルトは私にとても合っている様である。暫くは、マイブームになりそうである。

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身体は心の窓口

今日はじめてアロマトリートメントを受けた。以前は鍼灸の出来る環境に居たので、案外自分の肉体の状況を把握し、セルフケアしていたのであるが、環境が変わり約1年間放置状態であった。

ボディワークを受けると、施術者に触ってもらう事で、自分の悪い所が分かってくる。

日常生活のちょっとした素振りに、悪い所がきちんと出ている。「なるほど」と納得である。

当面の肉体的な問題は、ボディワークで解決できるだろう。

しかし、究極は身体が表現している心の声を聞かなければならないであろう。

「むくみ」を治したいと思って今までに、漢方、波動水、岩盤浴など色々試してみた。結果はいつも、更にむくんでしまっていた。このなぞなぞにそろそろ答えを出したいものである。

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認知症と殺人事件

また、川崎市で認知症の妻を殺害する事件が起こったようだ。最近、認知症がらみの殺人事件が増えてきている。

私たちは普段、理性という色眼鏡をかけ、言葉という道具を使って生きている。

程度の差はあるにしろ、この2つを失った世界を理解し、馴染んで行くことはかなり努力を要することであろう。特に身内であるならば、なおさらイライラがつのってしまうのかもしれない。

今のご時世、たとえ健康であっても、老後の生活は不安でいっぱいである。なおさら、光の見えないトンネルを進んで行くようなものであろう。

生きるとは?理性とは?常識とは?コミュニケーションとは?家族の愛情とは?etc.

自分自身の立ち位置を考え直す日々である。

最後の決断をする前に、光を見つけることの出来る世の中であって欲しい。

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秋の気配

ここ二日ほど、過ごしやすい気温になった。更に雨が降ってくれれば、ありがたいのであるが・・・。

猛暑だった夏の盛りも、さずがに過ぎようとしているようである。

しかし、少し気温が下がると、冷えが気になり初めてしまう。

あまりの猛暑に、冷たいものを食べたり、素足で過ごしたり、いつもの夏より随分と身体を甘やかしてきてしまった。足に、瘀血(おけつ)の痕が増えているのを、見つけてしまった。

まだまだ暑い、と思っていると、1から2ヵ月後には泣く事になってしまうだろう。

冷たい飲み物は控えて、温かいお茶に換え、足も暖かくしなくては。

心地よさを求める誘惑は、悪魔の囁きである。

これからは、悪魔の声に耳を貸さず、早めの体調管理を心掛けよう。

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今朝は満月

AM6:06、満月。

満月と日の出と金比羅さん参拝。

ちょっと欲張りな思いつきで、4時半起きして、支度をし出かけた。

昨夜から曇り空でやはり月は見えない。

満月も日の出も、野望は敢え無く撃沈。

ただ、いつもより気温の上昇が緩やかで、条件としてはまずまず。奥社参拝を含めて、約90分の行程を終えることが出来た。普段ほとんど車での生活なので、長距離を歩くことがない。ひたすら呼吸に集中し、歩を進める。階段を昇ることを考えているとかなり苦しいが、呼吸に集中すると結構楽だ。ある意味、ダイナミック瞑想と同じような感覚か?

お願い事をするのであれば、新月の日にどうぞ。

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2連覇

今のところ、北京五輪で日本にもたらされた金メダルは5つ。全て、2連覇である。

アテネからの4年間、どれ程の努力と苦悩があったであろうか?

きっと、自分をとことん追及したであろう。

何の為に戦っているのか?何をする為に生まれて来たのか?何が喜びなのか?

その過程は、頂点を目指すアスリートだけが通る道ではないはずだ。すべての人々が、この世に生を受けた者達が、通るべき道であるはずである。

自分自身を見つめ、追求し、人生の金メダルを目指したいものである。

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谷本歩実選手、会心の笑顔

柔道女子63キロ級で、谷本選手が優勝した。

決勝では内股で、宙を舞いながら、勝利を確信した笑顔が印象的だった。

オール一本勝ちである。アテネ五輪でもオール一本勝ちだった。

アテネ五輪で優勝したときは畳から降りて、古賀コーチに飛びついた彼女の姿をまだ覚えている。

彼女の柔道は、「一本勝ちする柔道」。「有効や効果で勝つJUDOは習ってませんから」と言い切っていた。信念を貫いた、金メダルである。最近、あまり見られなくなったすがすがしい柔道を、感動をありがとう。

現在、日本の金メダルは3個であるが、すべてがアテネからの連覇である。信念と成長の賜物であろう。金メダル以上に感動させられる。自分自身にも、人生の信念を改めて問いたい。

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アマゾナイト

昨日の朝から頭痛が続いている。

ここ最近、ずーっと頭痛とは無縁で、こんなにひどい頭痛は久々であった。昨日より今日の方が更に悪化している。動くのが苦痛なくらいに。

自分でヒーリングしてみるのだが、今ひとつ・・・。

ヒーリングのつもりも無く、瞑想を始めた。アマゾナイトを右手に握り瞑想。15分~20分居眠り?から目覚めてみると、頭痛はすっかり消え去っていた。

アマゾナイトのパワーなのだろうか?

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立春を過ぎて

立春を過ぎて、少し気温が下がったように思う。

最高気温が35度を超えなくなった。

気休め程度の差であるが、やはり季節の流れを感じる。

二十四節気はやはり素晴らしい指標である。平均気温が上がってしまって、季節感が失われている感もあるが、やはり昔の人の叡智は素晴らしい。

今年は、庭の細いシマトネリコに多数のアブラゼミが取り付いていて、異様な光景であったが、さすがに数が減ってきた。

後は、水不足が解消すべく、二百十日が待ち遠しい。

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人間関係は自分の鏡

「人間関係は自分の鏡」と言われている。

素敵な関係も、不快な関係も全て自分の中にあるもの。

人間同士の関係だけではないかもしれない。

人間と自然(地球)もそうなのだろうか?

今の環境は、人間に対してトゲトゲしく、牙を剥いている様に思えてしまう。

それは我々一人ひとりの心の模様を反映しているのか?

自分を好きになり、優しさと愛を取り戻そう!

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警戒心

最近週末毎に、何かしら事故のニュースが飛び込んでくる。

今日は東京ビッグサイトで、エスカレーターが逆走してようである。

とても信じられないような出来事である。しかし、1階と4階を直結するエスカレーターである。こんな物を作ってしまう技術が脅威である。高所恐怖症の気のある私にとっては、あまり乗りたくない代物である。

考えてみれば、約20年前に飛行機に乗り始めた頃は、「落ちないよね?大丈夫だよね?」などと、警戒心があったものであるが、今ではそんな思いが頭をよぎることはほとんど無くなって来た。日常生活の中に、当たり前のように機械が入り込んで来て、何処か警戒心を失ってしまったのだろうか?機械も自然も、人間にとって都合良く出来ているわけでは無いのである。

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新月のパワー

8月1日19時13分は新月。新月には願いを叶えるパワーがあると言われている。

どんな事を願うのか。

本来の魂の目的を知りたい。

今、目に見える世界に惑わされた価値観に縛られている。

生きていることの本当のゴールを見極めたい。

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2012年に何が起こるか

今巷では、『2012年』にまつわる書籍が多数出版されている。事の真偽を確かめる術はないが、だた、今の自分を見つめるのに良い機会だと思った。

もし、2012年に人類が滅亡するとしたら、(そのように書かれている訳ではないが)これからの数年間どう過ごすであろうか?

まずは、自分の意に沿わない事はしない。(現在していても止める)NOと、はっきり言える。

とにかく楽しいことを考える。

貯金はしない。

今までマイナス面に思えていたものも、気にしない。(メタボも気にしない)

耐えている結婚生活に終止符を打つ。

もう年金問題も関係ない!

世間の価値観に左右されない。

未来に対する不安が消える。

等々、様々な自分を縛っている物が見えてくるかもしれない。

実際、2012年に何が起こるのか?起こらないのかは分からないが、連想ゲームとしては楽しそうである。

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楽しい人生

最近の事件を見ていて、「楽しい人生」って何だろう?と考える。

楽しい人生って、人によって千差万別。

ある人にとっては苦しい事だって、別の人には楽しめるかもしれない。

そこにある現象が楽しいのではなく、楽しいと感じる心が肝心。

周りが人生を楽しめていない人達ばかりだと、感じる心が萎えてしまうかもしれないが・・・

今のそんな風潮が、楽しくない現実かもしれない。

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節水の意識

香川では例年、この時期に渇水が心配される。しかし、今年の早明浦ダムの貯水率はほぼ100%で推移していたのに、梅雨明け以降雨が降らず、急激に貯水量が低下している。こうなってくると、取水制限は時間の問題である。

毎年、こんな事を繰り返しているにも係わらず、香川の県民1人当たりの水使用量は全国平均を上回っているらしい。(うどん店の水使用量が関与しているかどうかは?)

更に、大半の水は他県より供給されているというのに。

なぜ、節水の意識が育たないのであろうか?他人事なのであろうか?

しかしながら、香川は預貯金は全国1位なのである。自分のモノは貯めこむのにね。

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野茂投手の引退

先日、野茂投手が「悔いが残る」と言いながら、現役引退を表明した。

「悔いが残る」の言葉に、確かに無念さも感じるが、ある種の爽やかさを感じた。

野球に対する彼の実直な姿勢を良く表しているようにも思う。

メジャーリーグで見せた彼の笑顔を、いつか何処かのグランドで再び見たいものである。

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人生って?

人生とは何だろう? What is life?

それは夜の蛍のまたたき、 It is the flash of a firefly in the night,

冬のバッファローの息、 It is the breath of a buffalo in the winter time,

草原を横切る小さな影、 It is the little shadow that runs across the grass,

そして、日没の中に消えていくものだ。  And loses itself in the sunset.

これは、「内なる神」とつながる方法 ディーパック・チョプラ著ので、ブラックフット・インディアンの長が死を迎えて語った言葉として紹介されていました。

解放された自由な魂を感じました。

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自分自身でいること

「自分自身でいること」、とても当たり前で、とても簡単な事のように思える。しかし、どうもとても難しい事のようである。

常に抑圧を感じ、不自由で制限された感覚。

しかし、窮地に追い込まれた時こそ、究極の選択をしている。そんな時こそ、魂からのヒントが与えられているのである。けれども、外の世界の現実に振り回され、気付かずにやり過ごしてしまう。

自分自身の敵は、現実に見えている最悪の事態よりも、不注意でいる事かもしれない。

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本気度

Ask, and it will be given to you;求めなさい、そうすれば与えられるでしょう。

seek, and you will find; 探しなさい、そうすれば見つかるでしょう。

knock, and it will be opened to you; たたきなさい、そうすれば開かれるでしょう。

(マタイ福音書より)

本気で求めてますか?本気で探してますか?本気でたたいてますか?

自分自身の意図がどこにあるのか?自分自身に問う必要がありそうです。

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手放す想い

同じ行動をしていても、その行為を楽しんでするか、罪悪感を持ちながらするかによって、微妙に影響される。

例えば、甘いケーキを食べる時、幸せと思って心から楽しみながら食べるのか、これを食べると太るだろうなぁと罪悪感を持ちつつ食べるのとでは、味も気分も違うだろう。

これを食べると悪くなるというイメージは、否定的な想いである。美味しいから、欲しているから食べているはずなのに、マイナスの付加価値を付けて身体に入ってくる。

中途半端な否定的感情は手放して、楽しんだ方が、お得である。

日常で無意識に、強迫観念や恐怖感で義務的に行っている事を見回して、整理することも、時には必要かもしれない。

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夏の遠出

先週の日曜日は、メディカルハーブの研修で東京に。

明日はセミナーで尾道に。

遠出の時は、巻き爪、外反母趾が気になってしまう。

更に、電車や建物内の冷房も身体に悪い。

冷え性でむくみのある私にとっては、夏のお出かけは大変なのである。

先日、ダンディライオン入りのブレンドハーブを購入し、毎日頂いている。

まだ効果は実感出来ないけれど、もう少し続けてみよう。

味は、まずまずOK!

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七夕ライトダウン

七夕の夜、意識して夜空を見上げてみた。

各地で七夕ライトダウンが行われているようである。

ライトアップされた夜景も素敵だけれど、自然の星空・月夜はもっと素敵である。

改めて意識して見つめてみると、いつもの風景が違って見えたりする。

そこに、新しい明日の成すべき事が見えてくる。

合掌

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爪白癬

爪の話題をもう1つ。

爪白癬とは爪の水虫。爪に白癬菌が住みついて起こる感染症である。

私が診させて頂く高齢者の方は、かなり高率にこの病気をお持ちのようです。

爪の厚さが何倍にもなり、非常にもろくなります。

ちょっとした衝撃にも剥がれやすくなっていますし、歩行障害の原因にもなるかもしれません。

たかが水虫と侮らず、どうぞお手入れを!

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うどん店の排水

地元の人間でありながら、うどんのゆで汁の行方について考えることも無かったが、実は、河川に垂れ流されている所が大半なのである。かなり、ビックリ。

香川のうどんは自慢できるけれど、こう云う事実が裏に隠れていると知ると・・・

おそらく、香川だけの問題ではなく、四国の下水普及率は非常に低いのである。

環境問題はCO2削減だけではない。大切な河川を守る取り組みも急務である。

ましてや、干ばつの被害を嫌と言うほど味わっているはずの香川である。

環境も身体も同じである。派手なブームにだけ目を向けず、地道な努力が必要なのである。

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共育

昨日の’カンブリア宮殿’に出演の千房株式会社の中井社長が使っていた言葉『共育』。

とても素敵な響きだなぁと思った。

共に学び、共に育つ。

上下関係の無い、人と人とのつながりを感じる言葉である。

お互いの存在そのものに感謝である。

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2つの孤独

他者とつながっている感覚を持った孤独は自由である。

つながりから断絶された孤独は、拘束されている。

つながっている感覚を取り戻そう。

”I AM THAT I AM”

I Holistic Clinic    http://www.k4.dion.ne.jp/~earth21/

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執着

最近、日常の中で『執着』と云う言葉が、頻繁に頭をよぎって行く。

病気への執着。トラウマへの執着。

物質への執着。お金への執着。

欲望への執着。

メディアを賑わせているニュースにも、その出来事の中に『執着』を感じる。

手を握り締めているより、肩の力を抜いて手を開いた方が、未来は開けるように思うのだが・・・

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本能とトラウマ

ライオンに狙われた動物は、まずは逃げる。しかし逃げ切れないと悟ると、硬直状態に入るようである。一つは、死んだふり。もう一つは、変性意識状態に入る。死んだふりをして、生き残るチャンスを狙ってみたり、変性意識状態に入ることで、絶大な恐怖から逃れることが出来るようである。厳しい生存競争を生き抜く本能の成せる技である。

人間はどうであろうか?絶大な恐怖に出会っても、理性が働いている為、動物のようにはならず、トラウマとして、負のエネルギーが溜め込まれてしまうようである。意外にも、日常生活の中にトラウマの原因は多くあり、もしかすると私も、誰かのトラウマの原因になっているかもしれない。その言動が、理性を混乱させているかも知れないのである。

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ニコニコマーク

ニコニコマークが数十年の時を経て、人気が復活しているようである。

接待タクシーに食品偽装。タクシー代わりに救急車を使う人。給食費や医療費を払わない人。

目先のちょっとした快楽の前に、本当の笑顔を忘れてしまっている気がする。

ちょっとニンマリしながらも、心の底では引きつっているに違いない。

周りが笑顔になってこそ、自分もいつも笑っていられる気がする。

ニコニコマークの復活で、皆が本当の笑顔を思い出してくれるとHAPPYheart

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相関構造

実は、すべての命はお互いに関係している。すべての人間は逃れることのできない相互関係のネットワークの中にあるのだ。ある人に直接的な影響を与えるものは、すべての人に間接的な影響を与える。あなたがあなたらしく存在しなければ、私は決して私らしく存在できないし、私が私らしく存在できなければ、あなたは決してあなたらしく存在できない。これが現実の相関構造なのだ。      ーマーティン・ルーサー・キング・Jr.牧師

今は、自分らしく在るものと、自分らしく居られないものとの鬩ぎ合っている時代なのだろうか?

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今日は夏至

今日6月21日は夏至。お昼が一番長い日。

今日の20時から22時電気を消して、スローな夜を過ごす100万人のキャンドルナイトと云うイベントがあるそうです。節電にもなるし、季節を意識するのに良いですね。

満月の日も、何かこんな企画があると良いのに。

月や太陽のパワーを意識する。

それにより、季節の変化や身体の変化に気付いてみるのも楽しいかも。

6月19日は、満月でした。自分の身体の妙な感覚に、何だろう?と思っていたけれど、

満月のパワーを受けているのだと、納得!

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[孤独」のヘザー

秋の荒野を彩る花、ヘザー。

孤独である事に、不幸を感じ、自分の話を聞いてくれる相手を求める人に使う、バッチフラワーのエッセンスです。

孤独なために、愛に飢えているために、話相手を求めても、愛を求めても、求めるだけで与えることが無ければ、さらに孤独は深まってしまいます。

自分が欲しい時には、相手の話を聞いて、愛を与えて、初めて手に入れられるのでしょう。

孤独を嫌いながら、自ら孤独を深めてしまう前に・・・

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直感

あなたは、自分の直感を信じてますか?

私は、直感やひらめきなんて無縁だわ!なんて思いがちですよね。

私もそう思ってました。(ウ~ム、過去形で良いのか?現在進行形なのか?)

でも、きっと直感は皆さんそれなりに降ってきているんですよね。でも、気が付かないから?手指の間を抜けて滑り落ちていく。

「答えはいつも自分の中にある」のに、自分を信じていないと言うか、周囲の価値観に流されてしまうと言うか・・・

直感とは、自己とハイアーセルフとの通信手段。

それを強化するのには、瞑想はとても良い方法。

サードアイのチャクラの色、濃い青色のセラトーは、直感を信じる力を支えてくれる、バッチフラワーのレメディの1つ。

自分の判断を常に疑ってしまう人は、一度お試しあれ。

あいホリスティッククリニック     http://www.k4.dion.ne.jp/~earth21/

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感謝の言葉

とあるドラマ。

結婚を控えた娘が、殺人の罪を犯し逃走している父親と15年ぶりの再会。

自首する父親の背中に、娘が声をかける。「恨んだり憎んだりした事もあったけれど、でも、ありがとう」

確かに、ドラマでの話である。でも、こんな風に感謝の言葉を素直に言えたなら、カルマも増大せず、世の中もう少し平和であるに違いない。

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パワーストーン

最近、自分自身のエネルギーが変化しているようなので(感覚的に)、アンダラクリスタルというパワーストーンを購入してみました。

手に取ると、温かさを感じて、エネルギーが流れていく気がします。

お友達のヒーラーさんに教えてもらったHPで注文したのですが、そのヒーラーさんは、頭痛がしてそのHPが見れないそうです。どんな感覚なんだろうなぁ?と思っていたのですが、今日は同じような感覚を味わい、インターネットを通してでさえ、そのパワーは伝わるのだと、改めて感心してしまいました。

アンダラクリスタルを手に、瞑想するといつもと違う感じで、入りやすそうです。大いに活用させて頂こうと思ってます。

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様々な事件

信じられないような出来事が立て続けに起こっている。

悲しむべき出来事であるが、呆然としてばかりはいられない。

物事の本質、本当に大切なものをしっかりと見直したいものである。

そうでなければ、あまりにも犠牲が大き過ぎる。

三重の「谷本整形」の事件も、後期高齢者医療制度の見直しなどに、一石を投じることになれば良いと思う。

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三つ子の魂百まで

ここ2日間は、秋葉原通り魔殺人事件の話ばかりである。

今日は、彼の生い立ちに関する報道が、あちこちで流れている。

あると言えば、そう珍しい話でもないであろう。

成人するまでは、彼自身の問題もあるが、彼を取り囲む環境もかなり大きいと思う。

現在、少子化対策が叫ばれているが、数にだけ取り組むのではなく、子どもの育つ環境にもっと焦点を当てて欲しい。

一概には言えないけれど、今の子どもたちは、心のどこかに’孤独’を抱えているのではないだろうか。そして、その孤独を1人で抱え込んで・・・

三つ子の魂百まで 

あいホリステッククリニック http://www.k4.dion.ne.jp/~earth21/

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いびき

フッと、数年前に購入していたヘミシンクのCDがある事を思い出した。(ヘミシンクとは、ロバート・モンローが研究開発した、オーディオ・ガイダンス・システム)

いざ、トライ!

すぐに聞こえてくるナレーションが途切れ途切れに。

そして、自分がいびきをかいて寝ていることに気が付いた。

今まで、いびきとは無縁だったはずなのに・・・

きっと、大きなヘッドフォンをつけている為、真っ直ぐ真上を向いて寝ている為だろうか?

いびきをかきながら寝ている自分に気が付いて、覚醒しなければと思いつつ、再び眠りに落ちていった。

こうして数年ぶりの、Focus10への旅は、失敗に終わった。

もう一度、トライしよう。

それと、枕を変えたほうが良いのかもしれない。

あいホリスティッククリニック  http://www.k4.dion.ne.jp/~earth21/

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16年ぶりの五輪出場(男子バレー)

男子バレーが16年ぶりに五輪出場を決めた。

植田監督は16年前、バルセロナ五輪の主将を務め、現在の最年長主将荻野選手もバルセロナの選手であった。感慨無量であっただろう。

勝利をもぎ取った瞬間、植田監督が倒れこみうつ伏せに大の字になっていたが、これまでの”言うに言われぬ想い”が伝わってくる。喜びよりも4年間の様々な想いが走馬灯のように廻っていたのかもしれない。

北京では、どうか宣言したように、メダルを狙う活躍を期待したい。

子どもの時に見ていた、「ミュンヘンへの道」を思い出してしまう。(年がばれますねぇ~)

あいホリスティッククリニック  http://www.k4.dion.ne.jp/~earth21/

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忘れている過去

 大人が抱えるどんな苦痛も、子どもが抱く絶望とくらべればたいしたことはない。       ーアイリス・マードック                                                             

忘れ去っている過去に、実は死ぬまで支配されている。

それをきちんと見つめ、捨て去るまでは・・・

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生き方と死に方

死に方と言うと、死ぬ方法と誤解されるかもしれませんが、そうではなく死に至るプロセスと言った方が良いと思います。

ある意味、生き方と死に方は同じだと思います。

どんな風に死を迎えるのか?それは今をどんな風に生きていくかということだと思っています。

今、話題の後期高齢者医療制度。大変難しい問題だと思いますが、結局は誰が、どれだけの割合を負担するかという事ですよね。皆に平等なんて事はないから、何処かに必ず不満が噴出しますよね。何が責任で、権利なのかも決めがたい事ですし。

しかし、医療を充実すれば、本当に安心して元気に老後を送れるのでしょうか?

自分自身の役割と、自分自身ですべき環境作りこそ大切なのではないでしょうか!

それは、お金では解決できない事でしょうし、お国がして下さる事でもないでしょう。

それこそが、生き方かもしれません。

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ホームページが出来ました

人生の転換期を迎え、治す医療から、癒すそして自分を気付くケアに興味が移り、どこかでひっそりとでも、何か出来ればと望んでいた。

病気を悪い出来事、嫌な出来事とだけ考えたり、薬に頼り切っていたり・・・

もっと病気の意味や、自分に起こっていることを考えなくちゃいけないのでは?

自分の力をもっと信じても良いのでは?

症状は今現れているかもしれないが、原因はずっと根深く長い経過を経ているかもしれない。

自分では自分の人生の意味に気付けないとき、病気と云う形でメッセージが届けられる。

病気と云う箱をごみ箱に捨てるのではなく、プレゼントのようにウキウキとリボンを解いてみよう。そんなお手伝いが出来れば嬉しい。

コンセプトは”Earth & Consciousness

今日、めでたくホームページをアップすることが出来ました。http://www.k4.dion.ne.jp/~earth21

係わってくださった方々に感謝です。

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踏み倒し

最近、医療費の未払い、給食費の踏み倒し等々が話題に上る。

差し迫った事情もあるかもしれない。

もし、請求を逃れることが出来たら、得した気分になるのだろうか?

人生の帳尻は、最終的には、プラス、マイナスゼロ。

本人が意識していようといまいと、どこかで帳尻は合っていく。

過去の出来事も、思い出したくないことも、ただ其処に在る。

本人の意識には無関係に。

人生の出来事は、他人に評価されるものではない。

無意識下に葬り去っても、ただ在るのみ。

自分で自分を見つめることが大切である。

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遂にその時が来たようです。

身体の声に耳を傾けながら、自分と向き合い、自分を発見していく為のクリニック。

肉体面だけに焦点を当てるのではなく、症状の意味を読み解いていく。

痛みには痛み止めで抑圧するのではなく、身体の叫びに耳を傾ける。

病気をマイナス要因と考えないで、前向きに捉えていきたい。

そんなクリニックが6月10日にオープンします。

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本当の自分

悲しい自分。

寂しい自分。

愛を欲している自分。

嫉妬している自分。

怒っている自分。etc.etc.

ネガティブな感情を持っていいる自分を素直に認めてあげよう。「別に・・・」なんて、見て見ぬ振りなどしないで。

認めてあげなければ、その感情は行き場を失って、潜在意識へと落ちていく。

そしてやがて身体の症状となって現れてくる。せめてその時には、感情と向き合ってみよう。そうなんだと認めてあげれば、それだけで解放されるだろう。

そう、素直になれば、とても簡単な事に思える。

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感情と筋肉

感情と筋肉ってあまり関係がないように思うかもしれませんが、感情は筋肉に表れてきます。勿論痛みもその一つです。

マイナスの感情(ストレス)で筋肉に力が入らなくなる。

その感情も、普段私達が意識している顕在意識ではなく、どちらかと云うと潜在意識を反映しています。自分が良いと思ってしている事も、実は身体(潜在意識)は拒絶していたり。

O-リングテストって聞いたこと、ありますか?これも、反応を見る一つの方法です。

「答えは全て自分の中にある」のに、私たちはそれを簡単には見つけられない。これからは筋肉に訊いてみるのも良いかも。

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楽をする

4月からスタートした後期高齢者医療制度が、世間では物議を醸しているようである。

高齢者に関わることが多いのだが、自分自身どのように年を重ねていけば良いのか、しばしば考える。年をとることに逆らうことは出来ない。万人に平等にやって来る。平等でありながら、千差万別である。

心がける事は、出来れば身体を楽させないことである。(手抜きをしない)歩けるときには歩く。しっかり動く。

自分で出来ることは自分でする。

仕事でストレスを貯めない。楽しんで仕事をする。定年を迎えても、出来る事(人のお役に立てる事)を作っておく。そして、今出来ている事に、感謝する。

感情を溜め込まない。(マイナスの感情は解放する)

当たり前の事が、当たり前に続けられる努力をする。

老いることを受け入れる。

簡単な様で、結構難しい。

身体は楽させずに、心は楽に!

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子育て

子供の頃、親から注意される時、どのように言われていたか覚えていますか?

例えば、廊下を走っているとき、「走ってはダメ」と言われるか、「ゆっくり歩きなさい」といわれるか。

大声で騒いでいる時、「騒ぐな」と言われるか、「静かにしなさい」と言われるか。

否定形で叱られていると、無意識のうちに、自分の行動を否定形で考えているかもしれない。「これをしたら、叱られるかなぁ?・・・」何事にも否定が付いて回る。それも無意識の内に。

そして又、自分も子供や周囲に対して、否定形で接しているかもしれない。

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否定の心

知らず知らずのうちに、居座っていいる否定の心。

’頑張るぞ’と言いつつ、だめかも・・・とか、出来ないかも・・・と心の片隅で思っている。

ポジティブシンキングと良く言われるが、肯定的な思いを描く事は、とても簡単である。しかし、どこかに引っ掛かっている否定の心を、消し去る事はかなり困難かもしれない。これは、思い癖のようなモノであるから、無意識のうちに潜んでいる。

このネガティブな思考を克服すれば、思いが叶う確率は急上昇するかも。

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病気の意味

病気には色々なメッセージが含まれていると思う。

ちょっとした風邪でも、何年も患うことになる病気にも、それぞれ意味があるのでは。

ただ、その病気に出会った時に、すぐにその意味を理解することは、なかなか困難な事かもしれない。

7年前に発症した病の意味を、今やっと理解し、なるほど~と納得。

病気になる前に、もっと早く、気付いていれば、肉体が悲鳴を上げて叫ばなくても良かったのかもしれない。

あなたの行く道は、そっちじゃないよ、とか、そんなに走らなくてもイイよ、とか・・・

そこには人間の神秘性すら感じてしまう。

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想像力を使って

あなたは自分の未来を想像していますか?

物質文明の中で、現状に囚われ、物でしか確信を持てなくなった今、イマジネーションが貧困になってしまっているような。

でも、想像するのは勝手です。

未来の私は、笑顔で幸せ!なりたい自分になっている。

職場の人間関係に悩んでいるなら、職場で楽しくしている自分を思い描いてみる。

イメージの力で、自分を現状を変えていこう。ほんのちょっとの意思は必要だけど、タダです。

朝、鏡に向かって、寝る前に、・・・元気で笑顔の自分を作ってみよう!

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診療していて思うこと

日常診療の中で感じること。

病気をまるで外部から侵入してきた悪のように捉えているのではないだろうか?

だから、その原因を追究せずにただ薬で、一時的に症状だけを消し去ろうとする。

早く楽になりたい気持ちは、誰しも同じと思う。

しかし、本当にそれで良いのだろうか?

病気そのものが問題ではなく、自分の中に潜む原因を解決することが肝心。

目に見える現象だけに振り回されず、しっかり自分を見つめて見ましょう。

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自分自身を見つめる

一体、私たちは自分で自分の事をどれ程把握しているのであろうか?

なぜ、この両親を選んだのか?

なぜ、この仕事をしているのか?

なぜ、あの人は私に意地悪を言うのか?

なぜ、腰が痛いのか?

なぜ、癌になったのか?

肉体という衣の中のみで考えず、拡大した意識で感じてみると、答えが浮かんでくるかも知れない。答えはいつも自分の中にある。

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今日の一言

たまたまスイッチをつけた時、どこかのカリスマ美容師の番組が流れていた。2~3分しか見ていないので、脈絡は良く分らないけれど、そのお師匠さんの教えを語っていた様だ。
他人にして貰った事は、石に刻め。自分のした事は、水に流せ。
言うは易し、であるが、なかなか出来るものではない。おごらず、怒らず、嫉妬せず、ただただ感謝の心を持つ。心に刻んでおこう。

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厚労省が、タミフルに関して「劇症肝炎」に対する注意喚起を促した。

タミフルに限らず、薬には効果もあれば、副作用もある。副作用で命の危険に曝される事もある。ただ、楽になりたい、飲んでいれば安心という様な安易な考えで薬を使っていないだろうか?

病気にもそれぞれ意味があるとするならば、ただ単に症状を消せば良いと言うものではないと考える。

もっと身体の声を聞くべきである。楽になるつもりで内服した薬が、結局、自分自身を苦しめるかもしれない。

病気を、ロボットの壊れた部品のように、正常な物と取り替えれば良いと考えていないだろうか?病気の原因は其処にあるわけではないのだ。

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全ては自分の中に…

私達は全ての物を、外に外に求めていないだろうか?幸せも、不幸も、病気の原因も…
果たしてそうなのだろうか?全ては、自分の中にあり、それに気付かず、見つめていないだけではないだろうか?外に外に求めてしまうから、ストレスが溜まっていく。私は、全てを持っている。ただ、それを活用していないだけ…。

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自分の事は?

偽りや嘘、不誠実な出来事ばかりが報道されている昨今、「何を信じれば良いの?」と思ってしまう。

もう他人は信じられない!と思ってしまうかもしれないが、では果たして自分自身の事は信じているのだろうか?自分の身体を信じているのだろうか?

身体のどこかが不調になった時に、「悪い」と言う。でも、本当は、自分自身がその部分に負担をかけてしまって、身体は「助けて!」と悲鳴を上げているのではないだろうか?頑張ったのに、「悪い」って?それに、自分の身体の自然治癒力を信じているだろうか?自分の自然治癒力より、薬の方を信じてる?

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自分に誠実に

自分に誠実にいる事は、簡単なことだろうか?

自分の内なる声よりも、周囲の声を聞きすぎていないだろうか?

怒りたい時に怒り、泣きたい時に泣けているだろうか?

仮面を被り、自分を抑圧していないだろうか?

そして、今に居るだろうか?過去を後悔し、未来を憂えていないだろうか?

自分に不誠実に生き、日々多くのブロックを作り出しているようだ。

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チャクラブリージング

最近、壁に当たりまっすぐに進めないことが続いている。今日も、「さあいよいよ」と思っていたら、またまた壁にぶつかってしまった。すっかりしょげ返り、ズキズキと頭が痛む。

前向きにならねばと思っても、あまりにも後ろ向き。

こう云う時に、瞑想など良いのかもしれないが、静的な瞑想は私には無理なので、久しぶりにチャクラブリージングを試みた。呼吸を使って7つのチャクラを浄化していくのを3回繰り返す。きついので、1回で止めようと思いながら(思考が動いているのは良くない!)頭痛が消え去り、頭も気分もすっきりしてきて、結局最後まで。

後ろ向きなのも、頭が痛いのも、つまりは滞り。薬では治せないのである。

息はあなたと身体の架け橋だ。 

もし息をどうにかできたら突然あなたは、現在へと向き直るだろう。    OSHO

                                                                                                                                                                      

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痛みと鎮痛剤

私は自分自身では、ほとんど薬を飲む事がありません。(一時期、漢方薬を使っていましたが)

もし痛みを感じたら、気にしないようにしてみます。それでも、痛みが続くときは、なぜ痛いのか?考えています。その原因によっては、何らかの対処が必要かもしれないからです。でも、そうこうしている内に痛みはすっかり消えてしまっています。こうして、薬のお世話になることはないのですが、「なぜだろう?」と考えている最中に、痛い部位を擦ってみたり、気を向けたりしていることが、癒しになっているのかもしれないですね。

基本的に、鎮痛剤は使いたくないのです。痛みは不快な感情であるから、早々に退散願いたいものではありますが、痛みは身体が発している重要なサインであるから、その原因を考える必要があるのではないでしょうか?

腰が痛いから、腕が痛いからと、慢性の痛みに繰り返し鎮痛剤を使っている場合、それが心のサインなら、そのサインに気付いてあげないと、ずーっと痛み続けることになってしまいます。

身体は無駄にサインを送ってはいないと思います。そのサインに心を傾けてみたいものです。

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近視のこころ

最近、著しく視力が落ちてしまった。いつもの距離なのに、テレビの文字がどんどん読み取れなくなってきた。この年で、近視・・・。

遠くが見えない近視。その心は、「未来に対する恐れ」

言い返す言葉もない。

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老いの準備

どんな風に老いていこうか?と考えたことはあるであろうか?

老いは必ず通る道である。正直、考えたくないテーマでもあるかもしれない。

ただ、心構えをもって老いに踏み込んでいくのと、どこか否定しながら老いを生きるのとは、どうも歩きやすさが違うように思えて仕方がない。

自分自身は、老いに向かって、こだわりや執着を捨てていこうと思っている。

「~でなければならない。」と自分を縛る生き方は、若くても老いても、ストレスに他ならない。ただ、若い時にはそれを、’情熱’と呼びかえる事が出来るかもしれないが・・・

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健康の定義

WHOでは健康を、身体的・精神的・社会的に完全に良好な状態であり、たんに病気あるいは虚弱でないことではない、と定義している。

ヴィソルカス教授のサイエンス・オブ・ホメオパシーに、「健康とは、身体面では苦痛から開放された状態をいい、感情面では情熱から開放され躍動的な平静さを保つことであり、精神面では利己心から解放され真実を一体になった状態をいう。」とあった。

結構納得ですよね。”囚われ”が原因と言う事でしょうか?!

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ストレス

ストレスは悪い物、ネガティブなもの、戦わなければならないものと決め付けていないだろうか?

戦おうとするから緊張が生じる。戦っても、戦わなくても現実はあまり変わらないようにも思える。

自然と身構え、肩が凝り、お腹が硬くなっている。

向上心は必要だが、「~ねばならない」という思い込みは、自分をがんじがらめにしてしまう。

あるがままを見つめ、出来ることを精一杯頑張る。それで良いではないか。

もし排除するとするならば、それはストレスではなく、どこかに潜んでいる後ろめたさかもしれない。

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自分を信じる

「自分を信じる」は「自分を愛する」と言い換えられるかもしれない。

とても当たり前のようで、とても難しいことかもしれない。

人間には’思考’がある。これが曲者に思える。

あるがままの自分を見つめることを邪魔し、他人と比較し、競争し、不安になり、恐れる。

思考をシャットアウトし自分を深く深く見つめる。これが瞑想かもしれない。

そこに自己の存在を見出したとき、そこには幸福があり、皆とつながっている。

そこでは素直に自分を信じ、愛せるのだろう。

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当たり前の事

私たちは毎日、当たり前に起き、食事をし、仕事をし、そして寝ている。

でも、微妙に朝起きられなくなったり、食事の量や嗜好が変化していたり。

いつもの’当たり前’が知らず知らずのうちに変化していることがある。

その変化がどうして起こっているか、気付いていますか?マインドの変化に気付いていますか?元に戻す必要があるかどうかは分かりませんが、変化に気付き、自分を見つめる事は大切なことです。

知らず知らずに溜まっていっているストレスがそこにあるかもしれません。

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不可解な風邪薬

感冒薬のCMで 「さっさと飲んで、さっさと治そう!」というのがある。

いつも本当に?と思ってみてしまう。CMで頻繁に流れていると、洗脳されてしまうのでは?と心配になる。

果たして感冒薬で風邪はさっさと治るのか?確かに、風邪症状は軽減するだろう。しかし、風邪を治す為には、薬より養生することの方が効果的だと、私は思う。

それより何より、身体の発しているサインに対して、不快な病んだ症状は悪者のように考えられているとしたら、とても悲しい。

身体の症状は、トータルな自分の表現の出口である。もっとその奥にある、深い意味に気付いて欲しいと思うのであるが・・・

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Earth & Consciousness

'Earth & Consciousness' この言葉は、私がホリスティックを志した時に、目標としたコンセプトです。

一人ひとりの気付きが、意識が、本来の地球を美しい地球を取り戻す、という想いを込めて。

しかし、何の力もない私が、地球?ちょっと飛躍しすぎじゃないの?などと落ち着かない感じでした。

ところが、昨日「ホリスティック・カウンセリング」の中での帯津先生の言葉を見つけ、小躍りしました。

’日々養生を果たしていく人を一人でも多く排出させることが、地球という”場”のエネルギーを回復し、美しい地球を取り戻すための一番の近道だと覚ったのです’

私には帯津先生の足元にも及ばない非力だけれど、同じ想いの方がいてくれるのだと、勇気100倍です。

同じ想いが、日本中に世界中に広がることを夢見て・・・

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自分の中の基準

私たちは、ひとりひとり、それぞれに基準という物を持ってしまっている。おそらくそれが正しいか間違っているか判らないままに、正しいと信じ込んでいるのではないだろうか?

その基準を自分自身に対してだけ適用しているのならば、それ程問題はないかもしれない。それを他人に当てはめて、色眼鏡で見てしまうと、その微妙なニュアンスは、相手に伝わってしまうだろう。相手は、自分が受け入れられていないと思うかもしれない。基準に強くこだわってしまうと、相手を受容できなくなってしまうかもしれない。お互い切れ易くなってしまう。

私だって、自分の基準が正しいのか?と問われたら、何の根拠もないことに気付く。着いて行けないくらいのスピードで流れていく現代、そして多様化の時代。真っ白な基準で接してこそ多くを学べるのかもしれない。

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汝の隣人を愛せよ

「自分を愛するように汝の隣人を愛せよ」(マタイ)

キルケゴールの解釈によれば「隣人」とは特定の人ではない全ての人を示しているようだ。執着する愛や、偏愛を否定している。

たとえ親子であろうと夫婦であろうと、そこにはエゴが生じる。

家族間での殺人が横行する今、「愛」や「自己」について自分に問うてみるべき時期ではないだろうか?

しかし、今は全ての流れが速過ぎるかもしれない。己の中で時間を止めてみるなければ、押し流されそうである。

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ひとりと孤独

孤独のときとは対照的に、ひとりの時には、私たちは意識的なコントロールを働かせ、意図し、考え、決断している。ひとりでいると、私たちは必要な休息をえられる。一方、孤独でいると、私たちの体験に、見解と継続性がもたらされる。一方、孤独な時は、全体的、革新的な変化を私たちにもたてくれる。ひとりの時は人の中に帰っていく道を開いてくれ、孤独な時は自分に帰っていく道を開いてくれる。      (ムスターカス)

ひとりでいることや孤独を恐れず、ポジティブに捕らえる強さを持ちたいものである。                                       

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否定的感情

金:肺;従革の性;勇気;正義感;適切さ

水:腎臓;潤下の性;穏やかさ;寛容さ;安らいだ機敏さ

木:肝臓;曲直の性;優しさ;許し

火:心臓;炎上の性;愛;喜び;幸福;感謝;尊敬;敬意

土:脾臓;稼穡の性;自分の中心にいる;寛大;公明正大さ;公平さ

否定的な感情は元来持っていないらしい。否定的感情を持ち続けると、やがて病気となり、死に至ることさえあるかもしれない。

では、この破壊的な否定の感情をどのようにすれば、取り去ることが出来るのだろうか?

これが、今後の私の課題だと思っている。

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「気」

私たちの身体の中には「生命力」と呼ばれるある種のエネルギー(気)が存在しています。

気の流れがうっ滞すると、肉体の症状として出現します。気のうっ滞の多くは、否定的な感情と深く関係しています。

自分の中の自分を良く気付く事により、否定的感情を排除し、肉体に臓器に感謝の念を持つことで、細胞は活性化され、気がめぐります。

また、大地の気・天の気を取り入れることで、元気の気が充足されていきます。

肉体の症状だけに目を向けず、内側を気付いてみてください。

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アクティブ瞑想

「瞑想」は一般的に静寂の中で行う静的なものと考えがちである。

蓮華座を組み、無になる。

雑念の多い私には、思考が邪魔をして、内面に入れない。

アクティブ瞑想は肉体を動かすことで、ストレスを振り払い、思考を振り払う。

身体の動きと共に、投げ出せは、自分を気づくことが出来るかも知れない。

動から静へ。

Let’s try!

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心と身体

心と身体が密接に関係していることを、ここ数ヶ月実感している。

約3ヶ月前からヨーガを始めた。頑固な肩こりが、うそのように治っていた。年末年始のため道場がお休みで、ヨーガをサボっていた。さらに心の中に重荷を抱え、気が滞ってしまっていた。数ヶ月ぶりに肩こりが襲ってきた。心の停滞が、気の滞りを招き、身体の症状となって現れる。意識し無ければ、ただの肩こりでしかないかもしれない。

意識をもって気を廻らすことも可能であるが、まだまだ修行の足りない私には、まず身体を動かすことで気を廻らす処からである。

自分の身に起こっていることを、意識して眺めてみると、今まで気づかなかった自分が見えてくるかもしれませんね。

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孤独

志を前に、孤独に引っかかってしまった。

前進できず、足踏み状態。後退しているかも知れない。

おそらく私にとっての、今世でのテーマであろう『孤独』について考えてみた。

「孤独」と言えば、一般的に否定的な感情と考えがちである。それゆえ、孤独を嫌い、遠ざけようとする。人も、動物的本能から「群れる」事に安心感を得るのか。孤独の中で、寂しさや不安と戦ってしまう。

では、現代社会の中で群れていれば、孤独ではないのであろうか?逆に、自分らしさを発揮できず、孤独を強く感じてしまうこともあると思う。

孤独を否定的に捉えるか?肯定的に捉えるか?自分しだいなのかもしれない。

孤独を「自分が何をしようとしているのか?何処に向かおうとしているのか?を熟慮し、本当の己を知る機会とすれば、人生をより深めることが出来るかもしれない。

本来の使命に向かって歩き出したとき、「孤独」に対する価値観も変わっていることであろう。

寂しさや不安という、本来の自己の価値観ではない基準に振り回されず、歩みだそうではないか。もう立ち止まっている時間は無いようだから。

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「偽」

昨年の一文字は「偽」であった。

非常に切なく、後ろ向きな感じを受ける。

しかし、昨年、偽装が行われた訳ではなく、以前から行われていた偽装が昨年、相次いで暴かれたのである。摘発されなければ、正されること無く連綿と続けられていたかもしれない。

衝撃ではあったが、今後の我々の在り方に、一石が投じられたのである。

個人レベルでも、今まで隠し続け、自分自身を偽り続けた物があるものである。潜在意識の奥底に潜んでいて、永遠にもつれ続ける糸。問題を解決する為には、白日の下に晒さなければならない。苦しく辛い作業、出来れば触れたくない。こだわりを捨て、身も心も楽になる為には、とても大切な事かもしれない。

Let's try!

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はじめまして

ホリスティックな医療を目指し試行錯誤中の女医です。

2008年を迎え心機一転。ブログを開設しました。

日頃のつぶやきを徒然に綴っていきたいと思ってい降ります。

今年の目標は「自分を意識する」です。

昨年の目標の「愛と感謝」も引き続き・・・

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